「ワークライフバランス改善」という訴求は、誰に刺さっているのか
勤務表の最適化や人員配置のDXを提案するとき、「ワークライフバランス(WLB)の改善」という訴求を見かけることがあります。
ですが、看護師の離職意図やWLBに関連する要因は、新人・中堅・ベテラン・育児期間中という経験レベルで大きく違うことが、複数の研究から見えてきました。
同じ「柔軟な働き方」という言葉を使っていても、現場の受け止め方は経験レベルによってまるで違う可能性があります。
今回は国内外の文献を比較し、経験レベルごとに何が効くのかを整理したうえで、提案や効果検証の設計に使える視点を考えます。
育児支援の対象外になる中堅看護師への「しわ寄せ」
まずは、中堅看護師(25〜49歳の役職なし)を、育児支援策の対象者・対象外・子どものいない層の3群で比べた国内調査です(森脇ほか, 2025年)。
WLB実現感が最も高かったのは支援の対象者で、最も低かったのは対象外の層でした。
勤務の中身を見ると、対象外の層と子どものいない層は夜勤回数・職場内の役割数が有意に多く、時間外労働は対象外の層が3群の中で最も長くなっていました。
育児支援を手厚くするほど、その分の負担がどこかに移っている可能性がある、という数字です。
ただし、この調査が測っているのはWLB実現感と勤務の実態までで、離職そのものは測ってはいません。
「しわ寄せ」と「離職」を直接つなげて語るのは、現時点では言い過ぎになります。
新人・中堅・ベテラン・育児期間中で、辞めたくなる理由はここまで違う
この「しわ寄せ」は、中堅層で見えた一断面にすぎません。
4つの経験レベルそれぞれで、WLBや離職意図に関連する要因を比較すると、次のような違いが見えてきます。
経験レベルのWLBや離職意図に関連する要因
| 経験レベル | 強く関連する要因 | 「柔軟性」の中身 |
|---|---|---|
| 新人 | 話しやすい雰囲気・休憩・夜勤回数・給料・研修活用度(共通)。 1年目特有は助け合いと自尊感情 | 基礎的な休息(休憩・夜勤回数) |
| 中堅 | 話し合う場・勤務の融通・年休取得率・自己効力感(やりがい・適性)。育児支援対象外者は負担が偏る | 勤務の融通・有休の取りやすさ |
| ベテラン | 経済的な処遇、「まだ働ける」という自己効力感(研究数が少なく仮説の域) | 夜勤免除・日勤固定という働き方の選択肢 |
| 育児期間中 | 週9時間超の残業で離職意向が上昇。 看護実践環境、仕事と家庭の役割葛藤、必要とされている実感 | 残業の上限・シフトの予測可能性 |
経験レベルで入れ替わる関連要因
新人は休息と教育体制、中堅は勤務の融通と負担の偏り、ベテランは働き方そのものの選択肢、育児期間中は残業の上限とシフトの予測可能性。
たとえば新人・中堅手前の比較では、1年目は「助け合い」や自尊感情が離職意向に効き、5年目は「話し合う場」や勤務の融通、子の有無が効くというように、わずか数年の差で関連要因が入れ替わっていました
。育児期間中の看護師では、週9時間を超える残業で離職意向が明確に上昇する一方、シフトの公開が早く予測しやすいほど離職意向は下がる傾向も見えています。
同じ「柔軟な働き方」という言葉でも、中身はまったく違います。
同じ「柔軟性」でも、中身は経験レベルでズレている
4つの経験レベルに共通しているのは、柔軟な働き方がWLBや離職意図に関連しているという点です。
ただし、新人にとっての柔軟性は休憩や夜勤回数という基礎的な休息、中堅は勤務変更や有休の取りやすさ、ベテランは夜勤免除や日勤固定という働き方そのものの選択肢、育児期間中は残業の上限とシフト公開の早さです。
「柔軟な働き方を支援します」という一つの機能・一つの訴求では、どの層にも中途半端にしか刺さらない可能性があります。
DX企業が測るべきもの、見せるべきものは経験レベルで変わる
「WLBを改善します」とうたう前に、まず見るべきは、その病院のペイン(課題感)がどの層にあるのかです。
「新人も中堅もベテランも育児中も全部」という答えが返ってくることもあるでしょう。
それでも、その病院で実際に長く働いている看護師にどんな特徴があるのかを一緒に見ていくことには意味があります。
それは課題の穴埋めだけでなく、その病院がすでに持っている定着の「強み」を言語化し、ターゲットを絞ってさらに伸ばす提案にもつながるからです。
具体的には、①4層それぞれの定着状況を見る、②すでに定着している層とその理由を言語化する、③その強みを軸にターゲットを絞って提案を設計する、という3ステップです。

そのうえで、訴求する看護部門の構成に合わせて見せるデータを変える余地があります。
中堅層への提案なら、育児支援の対象者・対象外者・子どものいない層で、夜勤回数や役割数の偏りを可視化できるかどうか。
育児期間中の層への提案なら、残業時間の上限管理とシフト公開のタイミング(予測可能性)を数値で示せるかどうか。
新人向けは休憩の確保や教育体制、ベテラン向けは夜勤免除・日勤固定といった働き方の選択肢です(ここは研究数が少なく仮説の域です)。
「病棟全体のWLBスコアが改善」という平均値だけでなく、「どの層に、何が効いたか」まで見せられる設計が、導入後の説得力につながります。
この記事のデータで、まだ言えないこと
今回比較した研究は、それぞれ別々に行われたものであり、4つの経験レベルを同一の調査・同一の尺度で直接比較した研究は見つかっていません。
「しわ寄せ」が実際の離職につながるかを直接確認した研究もありませんでした。
また、ベテラン層のデータは今回のレビューでは手薄で(本文を確認できた研究は2件のみ)、他の3経験レベルより確度は低いものとして読んでください。
本記事で紹介した数字は、いずれも横断研究にもとづくもので、因果関係を示すものではありません。
導入提案や効果検証の設計についてのご相談は、企業向けサービスからお問い合わせください。
参考情報源
- 渡邊里香・荒木田美香子・鈴木純恵. 若手看護師の離職意向に関連する個人要因と組織要因の検討―1年目と5年目の比較. 日本看護科学会誌, 2010, 30(1), 52-61:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/30/1/30_1_1_52/_pdf
- 森脇ほか. 中堅看護師の育児支援策対象者と非対象者でのワーク・ライフ・バランスの比較. 島根大学医学部紀要, 2025, 47, 21-28:https://ir.lib.shimane-u.ac.jp/55508
- 中野沙織・岩佐幸恵. 中堅看護師の職業継続に関する文献検討―「離職」と「職業継続」の理由に焦点をあてて―. The Journal of Nursing Investigation, 2019, 16(1-2), 10-22:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jni/16/1-2/16_10/_article/-char/ja/
- 野田明敬. 中堅看護師の職業継続に影響を与える個人的要因に関する質的研究. 日本看護管理学会誌, 2022, 26(1), 44-54:https://www.jstage.jst.go.jp/article/janap/26/1/26_44/_pdf/-char/ja
- 看護師の定年退職後の職業継続に関する研究. 日本ヘルスケア・マネジメント学会誌, 18(2), 90(著者名は未確認。本文での再確認が必要):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhm/18/2/18_90/_article/-char/ja/
- Nursing Practice Environment, Work-Family Conflict, and Turnover Intention Among Female Nurses With Children Under 18 Years of Age in Japan: A Nationwide Cross-Sectional Study, 2025(著者名未確認):https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC13426245/
- 多久和有加・前田貴彦・中西貴美子. 育児短時間勤務を続ける看護師11名への面接調査. 日本看護科学会誌, 43, 43644:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/43/0/43_43644/_html/-char/ja
- Widayana ほか. Factors associated with work-life balance among nurses in hospitals: a scoping review. Journal of Multidisciplinary Healthcare, 2025, 18:https://www.dovepress.com/factors-associated-with-work-life-balance-among-nurses-in-hospitals-a–peer-reviewed-fulltext-article-JMDH
看護学博士。臨床経験5年、研究歴10年以上。
現在は看護師さんの看護研究を支援する「Medi.Ns.Lab.」を運営し、初心者の方にもわかりやすいサポートを心がけています。


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