倫理審査委員は敵ではない!研究支援者としての役割
看護研究を始める際、多くの看護師が「倫理申請書を書くのが大変」「指摘されるのが怖い」と感じています。
しかし、倫理審査の目的を正しく理解し、適切な書き方を理解することで、スムーズに審査を通過することは十分可能です。
本記事では、10年以上の看護研究経験をもつ専門家の視点から、倫理審査での指摘を減らす申請書の書き方を詳しく解説します。
審査委員がチェックする具体的な項目や申請書作成のテクニック、そして通過のためのチェックポイントまで、網羅的にまとめました。
目次
- 看護研究における倫理審査の基本理解
- 倫理審査を受ける理由と目的
- 倫理審査委員との関係性
- 審査で指摘されない申請書作成の基本原則
- わかりやすい申請書を作るための具体的テクニック
- よくある指摘事項とその回避方法
- 倫理審査通過のための実践的チェックリスト
- 看護研究テーマと倫理的配慮の関係性
- まとめ:倫理審査を味方につけるマインドセット
看護研究における倫理審査の基本理解
倫理審査とは何か
看護研究における倫理審査は、研究が人間を対象とする際に必要不可欠なプロセスです。研究の科学的妥当性と倫理的適切性を第三者の視点で評価し、研究参加者の権利と尊厳を守ることを目的としています。

倫理審査が看護研究に与える意義
倫理審査を通過することで、以下のような効果が得られます:
- 研究の質的向上:客観的な視点からの評価により、研究設計の改善点が明確になる
- 法的保護:適切な手続きを踏むことで、研究者と研究参加者双方を法的リスクから守る
- 社会的信頼性の向上:倫理的配慮が十分になされた研究として、社会的な信頼を得られる
- 研究成果の活用促進:倫理的に適切な研究として、論文発表や学会発表時の信頼性が向上する
倫理審査を受ける理由と目的
なぜ倫理審査が必要なのか
看護研究において倫理審査が必要な理由は、以下の点にあります:
1. 被験者保護の観点
看護研究の多くは患者や一般の方々を対象としています。これらの方々は研究参加により何らかの負担やリスクを負う可能性があります。倫理審査は、こうしたリスクが最小限に抑えられ、適切な配慮がなされているかを確認します。
2. 研究の社会的価値の確認
研究によって得られる知見が、参加者が負う負担やリスクに見合う価値があるかを客観的に評価します。社会的に意義のある研究であることを保証することで、研究参加者に対する説明責任を果たします。
3. 法的・倫理的基準の遵守
医学研究に関する国際的なガイドライン(ヘルシンキ宣言等)や国内の倫理指針に基づいた研究実施を保証します。これにより、研究の国際的な通用性も確保されます。
倫理審査の具体的な目的
倫理審査は以下の要素を総合的に評価します:
- 研究デザインの妥当性:研究目的に対して適切な方法が選択されているか
- リスク・ベネフィット比:研究参加により想定されるリスクと期待される利益のバランス
- インフォームドコンセント:参加者が十分な情報を得て自由な意思で参加できるか
- プライバシー保護:個人情報や研究データが適切に管理・保護されるか
- 研究者の資質:研究を適切に実施できる知識・技能・経験があるか
倫理審査委員との関係性
倫理審査委員は研究を支援する仲間
多くの看護師が倫理審査を「厳しくチェックされる場」と捉えがちですが、実際には審査委員は研究を支援してくれる重要な仲間です。

審査委員の役割と視点
倫理審査委員は以下のような多様な専門性を持つメンバーで構成されています:
- 医学・看護学の専門家:研究手法の妥当性や安全性を評価
- 倫理学の専門家:倫理的観点からの評価
- 法律の専門家:法的適合性の確認
- 一般市民代表:社会的な視点からの評価
これらの委員は、研究をより良いものにするために建設的な意見を提供します。
指摘を受けることは、研究の質を向上させる機会として捉えることが重要です。
審査委員が重視するポイント
審査委員が特に注意深く確認するのは以下の点です:
- 被験者への配慮が最大限できているか
- リスクの最小化が図られているか
- 不必要な負担をかけていないか
- 十分な説明と同意のプロセスが整備されているか
- 研究の科学的価値
- 社会的に意義のある研究か
- 適切な研究手法が選択されているか
- 結果の信頼性は確保されているか
- 実施可能性
- 現実的なスケジュールか
- 必要なリソースは確保されているか
- 研究者の能力は十分か
審査で指摘されない申請書作成の基本原則
過去の成功事例を参考にする
倫理審査で指摘を受けないためには、まず過去に審査を通過した申請書を参考にすることが重要です。
参考資料の入手方法
- 所属機関の研究部門:過去の申請書のひな形や成功事例
- 指導教員や先輩研究者:実際に審査を通過した申請書
- 学会や研修会:好事例の紹介資料
- 専門書籍:倫理申請書作成に関する参考文献
参考にすべきポイント
過去の成功事例から以下の要素を学びます:
- 全体の構成と流れ:論理的で理解しやすい構成
- 表現方法:専門用語の使い方、平易な表現への配慮
- 図表の活用:視覚的に理解しやすい工夫
- 根拠の示し方:先行研究や文献の引用方法
読み手を意識した文書作成
倫理申請書は多様な専門性を持つ委員が読むことを前提として作成する必要があります。
分野外の専門家への配慮
看護学以外の分野の委員にも理解してもらうため、以下の点に注意します:
- 専門用語の説明:初出時には必ず説明を付ける(例:Aライン)
- 略語の使用制限:一般的でない略語は使わない(例:VS)
- 背景説明の充実:研究領域の現状と課題を丁寧に説明(例:術直後は循環動態を把握するためにAラインを前腕に留置する場合が多い)
一般市民委員への配慮
一般市民の委員にも理解してもらうため、以下の工夫をします:
- 平易な表現の使用:難しい表現は避け、わかりやすい言葉を選ぶ(例:「非侵襲的モニタリング」ではなく「体に負担をかけずに血圧や脈拍を測定する方法」など、専門用語は日常的な言葉に置き換える)
- 具体例の提示:抽象的な説明には具体例やイメージ画像を添える(例:Aラインの離脱を防ぐために手首の動きを制限できるシーネを利用している)
- 社会的意義の明確化:研究が社会にどのような貢献をするかを明示(例:「夜間の転倒予防に関する研究」は、患者の事故を未然に防ぐとともに、看護師の業務負担を軽減し、医療事故防止にもつながる研究である)
わかりやすい申請書を作るための具体的テクニック
視覚的な工夫
申請書の可読性を高めるための視覚的工夫は非常に重要です。
図表の効果的な活用
- 研究フロー図:研究の全体像を一目でわかるように表現
- スケジュール表:研究期間と各段階を視覚的に示す
- データ収集方法の図解:測定や観察の方法を図で説明
- 統計解析の流れ図:解析手順を段階的に表現

レイアウトと書式の統一
Wordのスタイル機能やリスト機能を使うと、綺麗なレイアウトが作れます。
- 見出しの階層化:主見出し、副見出しを明確に区別 (Wordのスタイル機能)
- 箇条書きの活用:要点を整理して示す (Wordのリスト機能)
- 適切な余白:読みやすさを確保するための空白の活用
- フォントの統一:全体を通して一貫したフォント使用 (Wordでは明朝体が好まれる)
論理的な構成
申請書は論理的な流れで構成することが重要です。
申請書のフォーマットがある場合は、フォーマットに従った内容を記載しましょう。
重要なのが「記載した」ではなく、「読者に伝わるか」の目線です。
効果的な構成順序
- 研究背景:問題の所在と研究の必要性
- 研究目的:何を明らかにしたいかを明確に記述
- 研究方法:目的達成のための具体的手法
- 倫理的配慮:参加者保護のための具体的方策
- 期待される成果:研究により得られる知見と社会的価値
各セクション間の関連性
- 目的と方法の整合性:研究目的に対して適切な方法が選択されているか
- 方法と倫理的配慮の一致:選択した方法に応じた適切な配慮がなされているか
- 全体の一貫性:研究全体を通して矛盾がないか
説明文書の充実
研究参加者向けの説明文書は、倫理審査において特に重要な文書です。
参加者目線での記述
- 研究参加のメリット:参加することで得られる利益を具体的に説明
- 想定されるリスク:起こりうる不利益を正直に記載
- 辞退の権利:いつでも参加を取りやめられることを明記
- プライバシー保護:個人情報の取り扱い方法を詳細に説明
理解しやすい表現
- 平易な言葉:医学・看護学の専門用語を一般的な言葉に置き換え
- 具体的な表現:抽象的な説明ではなく、具体的で想像しやすい表現
- 適切な分量:必要な情報を過不足なく含む
- 読みやすいレイアウト:見出しや箇条書きを活用した整理
よくある指摘事項とその回避方法
研究目的に関する指摘
よくある指摘内容
- 「研究目的が曖昧で、何を知りたいのかが伝わってこない」
- 「目的と実際にやろうとしている方法がつながっていない」
- 「この研究が、現場や社会の何に役立つのかわからない」
これらは、特に「業務改善がしたい」→「なんとなくアンケートを取ってみた」というパターンに多く見られます。
回避方法
明確な目的の立て方(“気になる”を“知りたい”に変換)
- 「~を明らかにする」「~の変化を見る」など、何を知りたいのかを具体的な一文で言えるようにする
(例)「夜勤明けの看護師の転記ミスの頻度を明らかにする」 - 「なんとなく良くなった気がする」ではなく、比較できる指標やチェック項目を用意する
- 先行研究や院内の過去データを参考に、「なぜそれを調べる必要があるのか」を1〜2文で説明できるようにしておく
目的と方法がつながるようにする(筋道を整える)
- 「この方法なら、ちゃんと目的に答えられそうか?」を自分に問い直す
(例)業務の満足度を見たいのに、技術のアンケートだけでは目的と合わない - 「対象者は誰か」「何をどのように集めるか」を具体化する
- 数が少ない時は、前後で変化を見る、同じような2グループを比べるなど、現実的な工夫をする
- 可能であれば、少人数で一度やってみる(予備調査)ことで、実現可能性や問題点が見える
社会的意義の示し方(小さな改善でも意味はある)
- 「患者さんにとってどう良くなるか」「スタッフがどう働きやすくなるか」を文章にする
- 「病院全体で取り入れられるかもしれない」「新人教育に活かせる」といった応用可能性を入れる
- 数字や検定がなくても、「現場の声を集めて課題を可視化すること」自体が意味のある成果になる場合がある

インフォームドコンセントに関する指摘
よくある指摘内容
- 「説明文書が専門的すぎて、対象者が理解できない」
- 「同意は取るとしても、途中でやめたくなった場合の方法が書かれていない」
- 「研究参加によるリスクが何なのか、はっきり書かれていない」
回避方法
理解しやすい説明文書の作成
- 対象者(患者さんや職員など)の読みやすさを意識して、中学生〜高校生レベルの言葉に置き換える
- 難しい言葉(例:非侵襲的、匿名化)は、カッコ書きや例えを入れて補足する
- 必要に応じて、写真や図を使って、イメージで伝える(例:体位変換の例、質問票の記入方法など)
- 特に重要な説明(自由に断れる、記録は名前が出ないなど)は、太字や繰り返しで強調する
同意と撤回のプロセス明確化
- 説明のタイミングや方法(口頭説明+紙)を明記し、「いつ・誰が・どうやって」説明するかを書いておく
- 「参加したあとでも、理由がなくても途中でやめられます」と明文化する
- 撤回後のデータについても、「使わない」「破棄する」など、扱い方を具体的に書く
- 小児や高齢者など、判断が難しい人を対象にする場合は、家族や代諾者への説明と同意の取得方法を記載する
データ管理・プライバシー保護に関する指摘
よくある指摘内容
- 「個人情報が外に漏れない仕組みが見えない」
- 「集めたデータをいつまで・どこで保管するかが書かれていない」
- 「職場内の別の人がデータを勝手に見られる状態かもしれない」
回避方法
厳格なデータ管理計画
- 名前などの個人情報と、アンケートや記録の内容は分けて保管する(例:別ファイル、別のUSB)
- 保管場所(例:鍵付き棚、パスワード付きパソコン)を具体的に記載する
- 研究代表者がデータを管理することを明示し、「誰が見るか」「誰が触れるか」を明確にする
- USBやメールでのやり取りは避け、暗号化やパスワード保護を必須とする
明確な保管・廃棄計画
- 「研究終了後◯年保管」のように、保存期間をはっきり書く(例:倫理指針の目安に従う)
- 廃棄時の方法(例:シュレッダー、完全削除)まで記載する
- 同じ研究チーム内でも、持ち出しや再利用を勝手にしないルールを明示する
研究実施体制に関する指摘
よくある指摘内容
- 「この人に研究ができるのか不安」
- 「調査や記録をする人が足りていないように見える」
- 「予期せぬことが起きたとき、対応できるのか不安」
回避方法
研究実施能力の証明
- 過去の研究経験や、院内の研修・セミナー受講歴などを記載する
- はじめての場合でも、「看護部の支援体制がある」「上司や指導者が伴走する」など、フォロー体制を説明する
- 無理をせず、役割分担(データ収集係・分析係など)を決めておく
- 医師や多職種が関わる場合は、その役割と連携の方法を明記する
十分なリソース確保
- 「いつ、どこで、どんな方法で調査するか」を現実的にスケジュールに落とし込む
- 設備が必要な場合は、病棟や事務と調整済であることを記載する
- 費用が発生する場合は、院内予算でまかなうのか、自己負担なのかを明記する(不要な場合は「特に費用はかからない」と明示)
倫理審査通過のための実践的チェックリスト
申請前の準備段階
研究計画の見直し(まずは「やりたいこと」を整理)
- この研究で「何を知りたいか」「どんな現場の困りごとを改善したいか」がはっきりしている
- 通常業務と並行して、無理なくデータが集められそう
- 対象者(患者さん・職員など)は無理のない範囲で協力を得られそう
- 人数が少なくても「傾向」や「反応」が見えそうな内容になっている
- 質問紙や記録の取り方が、業務の邪魔にならない範囲で設計できている
倫理的な視点の確認(安心して参加してもらえる研究か)
- 対象者にとって、苦痛や負担がない方法になっている(例:採血や長時間の記録などがない)
- 研究をして得られるメリットや学びが、負担に見合っていると説明できる
- 協力のお願いや説明は、わかりやすい言葉で伝える準備ができている
- 個人が特定されないよう、記録やデータの取り扱い方法を決めている
- メール・紙・USBなど、データの保管や持ち運び方法に注意している
申請書作成段階
書き方の確認(専門外の人にも伝わる内容か)
- 難しい言葉を使わずに、誰が読んでもわかるように書けている
- 「どうやって調べるか(方法)」と「何を知りたいか(目的)」がつながっている
- 研究の流れ(いつ・どこで・何を・誰が)が図や表で整理されている
- 文章に誤字や抜けがないか見直した
- 引用や参考にした資料が、きちんと書かれている
第三者のチェック(主観に偏らないために)
- 同僚や指導者に一度見てもらった(可能なら複数人)
- 看護以外の人に読んでもらい「わかりにくい部分」がないか確認した
- 対象者向けの説明文書を、患者さんの視点で読み直した
- 必要書類(説明文書・同意書・アンケートなど)に漏れがない
審査後のフォローアップ
指摘があった場合の対応(慌てず、一つずつ見直す)
- 指摘内容を整理し、具体的にどこをどう直すか考えた
- 直す部分が、ほかの内容と矛盾していないかを確認した
- 審査の回答や修正文書も「丁寧な言葉」でまとめた
- 必要があれば、相談できる先輩や支援担当に確認した
看護研究テーマと倫理的配慮の関係性
テーマ選択時の倫理的視点
看護研究のテーマを選択する際には、研究の意義と同時に倫理的な実施可能性を考慮することが重要です。
実施可能性の高いテーマの特徴
- 患者負担の少ない研究:既存のケアに大きな変更を加えない
- リスクが最小限の介入:安全性が確立された方法の使用
- プライバシー侵害のリスクが低い:センシティブな情報の取り扱いを避ける
- 同意取得が容易:対象者が理解しやすく、同意しやすい内容
テーマごとの特別な配慮
患者を対象とする研究
- 疾患による判断能力への影響を考慮
- 治療に影響を与えない研究設計
- 主治医との連携体制の確保
高齢者を対象とする研究
- 認知機能の評価と適切な同意取得プロセス
- 身体的負担への特別な配慮
- 家族との連携の必要性
小児を対象とする研究
- 保護者の同意と本人の承諾(アセント)
- 発達段階に応じた説明方法
- より厳格な安全性の確保
テーマの社会的価値の評価
看護実践への貢献度
- 臨床現場での活用可能性:研究結果が実際のケアに活かせるか
- 看護の質向上への寄与:患者アウトカムの改善につながるか
- 看護師の専門性向上:看護実践の根拠となる知見を提供するか
エビデンス構築への貢献
- 先行研究の蓄積:既存の知見を発展させる内容か
- 研究の新規性:これまでにない新しい知見を提供するか
- 再現可能性:他の施設や条件でも実施可能な研究か
まとめ:倫理審査を味方につけるマインドセット
倫理審査に対する適切な理解
倫理審査は研究を阻害するものではなく、より良い研究を実現するためのサポートシステムです。
審査委員は研究を支援してくれる重要なパートナーであり、彼らからの指摘は研究の質を向上させる貴重な機会として捉えることが重要です。
成功のための心構え
被験者ファーストの視点
常に研究参加者の立場に立って考え、「この研究は参加者にとって本当に価値があるか」「参加者への配慮は十分か」を自問自答することが重要です。
継続的な学習姿勢
倫理審査に関する知識は常に更新され、ガイドラインも改訂されます。
最新の情報を常に把握し、自己研鑽を続けることで、より適切な申請書を作成できるようになります。
建設的な対話の重要性
審査委員との対話を恐れるのではなく、研究をより良いものにするための建設的な議論の機会として積極的に活用することが、成功への近道です。
今後の看護研究発展に向けて
看護研究の倫理審査は、看護学の発展と看護実践の質向上に欠かせない重要なプロセスです。
一人ひとりの看護師が適切な倫理審査の理解と実践を通じて、社会に貢献できる価値ある研究を実施することで、看護学全体の発展に寄与することができます。
倫理審査は決して乗り越えるべき障壁ではなく、より良い看護研究を実現するための重要なステップです。
適切な準備と理解により、必ず通過できるプロセスであることを確信し、自信を持って研究に取り組んでいただければと思います。
看護学博士。臨床経験5年、研究歴10年以上。
現在は看護師さんの看護研究を支援する「Medi.Ns.Lab.」を運営し、初心者の方にもわかりやすいサポートを心がけています。
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